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横浜地方裁判所 昭和58年(ワ)1149号 判決

原告

佐藤福治

右訴訟代理人弁護士

矢島惣平

長瀬幸雄

久保博道

被告

エース交易株式会社

右代表者代表取締役

伊藤一男

右訴訟代理人弁護士

肥沼太郎

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金二五一五万円及びこれに対する昭和五五年五月二六日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告会社は、東京穀物商品取引所の会員であり、商品取引所法に定める主務大臣の許可を受けた商品取引員である。

2(一)  被告会社の従業員である訴外秋山学らは昭和五四年一二月中旬から同五五年一月一六日頃までの間原告に対し、東京穀物商品取引所における輸入大豆の先物取引の委託の勧誘をなした。

(二)  原告は右勧誘の結果被告に対し、同五五年一月一六日から同年五月二六日までの間、建玉回数にして計一五回の右商品の先物売買取引の委託(以下、本件取引という。)をなした。

3  ところで、訴外秋山らの原告に対する右勧誘は以下に述べるように、利益を生ずることが確実である旨の断定的判断を提供するなどして強引、執拗になされたものであり、商品取引所法(以下、法という。)九四条にも違反する違法なものであつた。

(一) 訴外秋山らは原告に対し、本件取引を開始させてこれを継続させるに当り、原告が商品先物取引の仕組みや実情に無知であることに乗じ、相対力指数という特殊な資料を示しながら「私の言うとおりにやれば絶対儲る。」「「自分の顧客には誰一人として損を掛けた者はいない。」「私共は手数料を貰うのが商売で、自分で建玉することは禁止されているからできないが、この禁止がなければいくらでも儲けられる。」「私を信じて取引して欲しい、絶対損はさせない。」等の言辞をもつて再三再四執拗に勧誘をした。

(二) また、訴外秋山は、原告に無断で先行して取引をなした後事後的に、絶対儲けさせるからと言つて原告の追認を迫つたりした。

(三) 訴外秋山らは昭和五五年三月一七日頃原告に対し、山種が日商岩井の代行で買いに入つた旨の虚偽の事実を告げて勧誘した。

(四) 被告会社横浜支店長訴外伊藤孝はその後「今度は支店長である私が、より高度な観点からやらせて頂きます。必ずやご損された分は私が直接担当して絶対に責任を持つて取り返して差し上げます。」等と述べて勧誘行為をした。

(五) 秋山らは、素人たる原告に対し、商品先物取引の危険性から目をそむけさせ、訴外真下商事との取引で多額の損失を出し途方にくれていることに乗じて、今度こそその損失を確実に取り返してやると巧みに働き掛けて勧誘し、それが相当に可能なものと思い込ませて取引を開始、継続させた。

4  さらに、被告会社は以下に述べるように、受託契約準則(以下、準則という。)その他商品取引員として守るべき規則等に違反する行為をなしている。

(一) 準則九条によれば、商品取引員は委託証拠金の全部又は一部についてその預託の必要がなくなつたときは、その必要がなくなつた日から起算して六営業日以内に委託者に返還しなければならないことになつているところ、被告会社は本件取引において原告が昭和五五年五月二六日に全ての取引を手仕舞つているにも拘らず、被告会社が証拠金の残金を原告に返還したのは同年六月一八日である。

(二) 準則一五条四項によれば、売買による差益金は売買の日から起算して六営業日以内に委託者に支払われなければならないことになつているところ、本件では右支払がなされていない。

(三) 新規委託者保護管理協定とこれに基づき被告会社が制定した新規委託者保護管理規則によれば、新規委託者は当初の三か月間は二〇枚を超える建玉をしてはならないとされているところ、原告が訴外秋山の勧誘により建玉することとした枚数は、当初より一六〇枚という極めて大口のものであつた。

(四) 被告会社は原告に対し、実質的に無意味なもので単なる手数料かせぎでしかない「限違い両建」を勧誘し、行なわしめた。

(五) 被告会社は、法九四条一項四号、商品取引所法施行規則七条の三第三号により禁止されている「向い玉」を行なつた。

5  原告は訴外秋山らの前記3、4の勧誘行為等の行為に基づき、その言を信じて前記取引の委託をなしたが、その結果本件取引により差損金及び手数料合計二五一五万円の損害を蒙つた。

6  よつて、被告会社は訴外秋山らの使用者として、訴外秋山らの右不法行為に基づく損害を賠償すべき責任があるから、右二五一五万円及びこれに対する不法行為の後である昭和五五年五月二六日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1、2の事実、同5の事実のうち原告が本件取引により差損金及び手数料合計二五一五万円の損害を蒙つたことは認めるが、その余の請求原因事実及び主張は争う。

2(一)  原告は、食料品の加工・販売等を業とする訴外丸味屋食品株式会社外一社(不動産業)の代表取締役として同訴外会社等を自営し、昭和五四年一一月中旬から、商品取引員会社である訴外真下商事株式会社(以下、訴外真下商事という。)において大量の商品(輸入大豆)先物取引を行なつていた者である。

(二)  被告会社横浜支店営業係長(商品外務員)訴外秋山は、昭和五四年一二月一〇日原告に対し電話により商品取引の勧誘をすると共に、商品先物取引に関する資料(業界新聞・罫線等)を送付したうえ、同月二三日商品先物取引及び相対力指数についての説明と勧誘をするため原告宅を訪問し、次いで翌五五年一月に入つてからも重ねて商品先物取引に関する資料を原告に送付し、かつ、原告宅を訪問して取引の勧誘を行なつたが、原告は右のとおり、既に真下商事において二つの口座を使つて相当量の輸入大豆の先物取引をしていて継続中であつたので、商品相場取引が投機取引であること及びその危険性の有無は勿論、取引の仕組みや委託の手順、商品相場の変動に伴なう売買差損益の計算方法、取引に必要な委託証拠金の種類とその性格、預託の時期等についても熟知し、しかも、輸入大豆の相場の資料等を自分で収集していた。

(三)  そこで原告は同年一月一五日、訴外秋山と数時間に亘つて輸入大豆の相場変動の材料・情報・相対力指数等を検討した結果被告会社横浜支店で取引を始めることになり、翌一六日準則に従い被告に委託して東京穀物取引所に上場される輸入大豆の売買取引を行なうことを承諾し、その際原告は訴外秋山から改めて準則、商品取引委託のしおりの説明交付を受け、さらに、商品取引は投機であることを明示したパンフレット、商品取引では元本の保証がないこと等を明記した注意書の交付を受けた。

(四)  このようにして原告は右同日被告会社に対し、輸入大豆八〇枚の売買取引に必要な委託証拠金六四〇万円を預託したうえ、別紙売買一覧表番号1のとおり後場二節の成行値で輸入大豆六月限八〇枚の売玉を建てたのを始めとして、その後同年五月二六日までの間右一覧表のとおり被告会社に注文して各売買を行ない、右各売買によつて発生した差損益及び委託手数料を右一覧表損益清算状況欄のとおり順次被告会社との間で清算を遂げており、以上の右各売買は全て原告の注文に基づいて行なわれたものであり、その損失も全て原告に帰することは当然である。

(五)  なお、原告が前述のとおり、訴外秋山の勧める相対力指数に従つて輸入大豆の売買を行なつた事実があつたとしても、右指数は相場変動予測の一方法であることを理解したうえで相対力指数を採用して取引を行なつたにすぎず、原告主張のように、原告が全くその意味内容を理解せず、これに従つて売買すれば絶対に儲かるものと誤信したが故ではない。

(六)  このように、原告は会社経営者としての社会生活歴・社会経験を有しつつ社会活動・資産形成管理をしていて資金力も豊富であり、本件取引当時四〇歳半ばの最も思慮分別に富む年令であつた原告が、相対力指数を安易に信じ、あるいは営業マンの言動を易々と信じて商品相場取引を継続したものとは到底考えられない。

3(一)  残証拠金の返還が遅れたけれども、本件取引終了後も訴外伊藤が原告と話合を続けており、別段のトラブルもなく、特に引き延ばしたものではない。

(二)  差益金については、これを委託証拠金として振り替えることはその経済的効果において、現金の支払いをし、それをまた現金証拠金として預かる場合と全く異ならず、かかる手続は原告の同意を得ている。

(三)  新規委託者たる原告の建玉枚数が二〇枚を超えることについては、管理規則に従つて各責任者がその適否について判断している。

(四)  「限違い両建」を含む両建が行なわれるのは、相場の変動が予期に反して計算上損勘定を生じた場合、損切り(手仕舞いをして損金額を確定させること)はしたくないし、相場の動向も予測し難いというような時に行なわれる手法の一つであり、無意味に損失額を増大させるものではないし、本件両建は、因果玉(損勘定になつている建玉)を放置して両建を繰り返し、委託者の損勘定の認識を誤らせるようなものでもない。

(五)  「向い玉」は、委託者同士の売買差玉が一方に偏した場合、保険の目的で、特定の相場観によらずに、差玉に対して許容される範囲内で向い玉を建てる方法であり、当該委託者と直接利益相反するものでもないから、かかる自己玉は許される。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1、2の事実並びに原告が本件取引により差損金及び手数料合計二五一五万円の損害を蒙つたことは当事者間に争いがない。

二原告は、訴外秋山らの原告に対する右勧誘は利益を生ずることが確実である旨の断定的判断を提供するなどして強引、執拗になされたと主張するので検討する。

右当事者間に争いがない事実に、〈証拠〉を総合すれば、次の各事実を認めることができる。

1  原告は、昭和九年生れで本件取引当時四〇歳半ばであり、同三九年頃から丸味屋食品株式会社及び福永商事株式会社(不動産賃貸業・損害保険代理業)を経営し、右両会社は共に実質上原告の個人会社であつたこと、右丸味屋食品は主にイカの珍味等の食品の加工、卸を業としていたこと、したがつて、原告は、その原材料の入手・仕入を通して、商品価格・相場の変動についての知識を有していたこと、

2  原告は昭和五四年一一月頃、被告会社から送られてきたダイレクト・メール中の株式・不動産投資、商品先物取引に関するアンケートに回答したことから被告会社と接触を持つことになり、間もなくの同年一二月中旬被告会社横浜支店営業係長の商品外務員訴外秋山が原告に電話連絡し、次いで、同月下旬から翌五五年一月上旬にかけて数回原告宅を訪問し、この間、原告に会社案内、業界紙等を送付するなどして、原告に対し輸入大豆の商品先物取引を勧誘するに至つたこと、

3  ところで、原告は右勧誘を受ける以前の同五四年一一月中旬から、被告会社と同業の商品取引員会社である訴外真下商事の外務員の勧誘を受けて同社との間で輸入大豆の商品先物取引を始め、訴外秋山からの前記勧誘を受けた同五五年一月時点で、原告及びその子供の佐藤勇基の両名義で一〇回以上の建玉、しかも、一回につき最少四〇枚、合計数百枚もの建玉を行なつており、その結果、右時点でそれまでの右取引について値洗いをすると約二五〇〇万円の損が出ており、原告は右勧誘を受けた時点で、右多額の損を何とか回復できないものかと苦慮していたこと、

4  訴外秋山は右勧誘に際して、業界紙、罫線の外に、主に相対力指数表(当時既に業界紙等では発表・紹介されていたが、被告会社の外務員約一五、六名中、同人を含む二、三名がこれを相場予想の資料に用いていた。)を示しつつ輸入大豆の過去から最近までの値動きを説明し、右指数の信頼性を強調しながら自己の相場観を力説し、「この指数表を基に取引すればうまく行く。」との趣旨を述べ、さらに、原告が前記訴外真下商事での取引の売買計算書を見せてその損を話したところ「そのくらいの損は直ぐに取り返せるかもしれない。」との趣旨を述べて、原告を盛んに勧誘したこと、

5  原告は訴外秋山の右勧誘に心を動かされ、また、損を取り戻したいと考えていたこともあつて、被告との間で取引(委託)をしても良い気持になつたため、同五五年一月中旬原告宅において訴外秋山と長時間、輸入大豆の商品先物取引、相場観について、訴外秋山は前記相対力指数表に基づき、原告は自己の前記訴外真下商事との取引における経験と自分なりの資料研究による相場観に基づき話合い、かつ、諸資料・材料・情報等を検討した結果、原告は被告に対し、同月一六日付で売付建玉数八〇枚、翌一七日付で同八〇枚の委託をするに至つたこと、なお、原告はその際、被告から商品先物取引委託についての説明書(「商品取引ガイド」「お取引について」と題する各パンフレット)を受領し、訴外秋山から受託契約準則の説明を受けたこと、

6  右取引(委託)は、通常の取引(最初は建玉二〇枚以内)に比べて当初から大口の建玉であつたこと、また、右委託の時点では原告は被告に右取引のための委託証拠金を預託しておらず、右証拠金が現実に預託されたのは同月一八日であること、

7  当時における訴外秋山の給料は、固定給と職能給からなり、その職能給は同人が勧誘してきた顧客の取引高に応じて決まること、それがボーナスの査定にも影響すること、同人の固定給が一七、八万円前後であるのに対して職能給は一〇万円であつたこと、

8  訴外秋山はその後の同年三月一七日頃原告に対し、山種が大手商社日商岩井の代行で買いに入つた旨の情報を提供して建玉を勧誘したこと、さらに、被告会社横浜支店長訴外伊藤は同月三一日頃原告に対し「今度は自分がより高度な観点からやらせて貰う。」旨述べて、建玉の継続を勧誘したこと、

9  原告はその後同年五月二六日まで本件取引を行なつたが、これと併行して訴外真下商事との取引も継続して行ない、同年八月下旬まで続けたが、いずれも差損金を出して終了したこと、原告は、各売買成立時に委託売付・買付報告書及び計算書、毎月末に現在高照合通知書の送付を受けており、本件取引の内容・経過・結果は了知していたけれども、被告会社宛同五七年一二月二四日付内容証明郵便による損害賠償請求に至るまで、被告会社に対し何らの異議・苦情を申し出ていないこと、また、本件取引についての訴外秋山らの勧誘や同人らとの話合いに当つて、原告がこれらに困惑したり、不快感を抱いたりした事情はなかつたこと、以上のとおりであり、前掲甲第五号証の記載中及び原告本人尋問の結果中、訴外秋山が勧誘に当り原告に対し「私の言うとおりにやれば絶対儲かる。」「自分の顧問先には、相対力指数表を基に売り又は買いを勧めているので誰一人として損を掛けた先はいません。」「私共は、手数料を頂くのが商売で、自分で建玉をすることは禁止されているからできないのですが、この禁止さえなければ先が見えますのでいくらでも儲けられます。」「とにかく私を信じて取引してください。」「私の勧めるとおりやつてくだされば、真下商事での損くらい直ぐに取り返してあげます。」などと述べた、また、訴外伊藤が同様に「今度は支店長である私が、より高度な観点からやらせて頂きます。必ずやご損された分は私が直接担当して絶対に責任を持つて取り返して差し上げます。」と述べた旨、前記一月一六日付及び一七日付の各建玉が原告に無断で先行してなされ、後日これを追認せざるをえなかつた旨の各記載部分及び供述部分は、原告の供述が全体的に、自己の商品先物取引に関する知識・経験をことさら過小に述べようとしていること(にも拘らず、原告は右先物取引に関する専門的用語を比較的自然に使つて供述している。)など自己に不利益な事柄を極力述べないようにしている供述態度及び前掲各証言に照らしにわかに措信し難く、他に右認定を覆えすに足りる適切な証拠はない。

以上の各事実に基づいて考察するに、右認定の、原告が訴外真下商事での取引において多額の損を出し、このことを訴外秋山が知つたこと、同人は主に相対力指数に基づく相場観を信頼性あるものとして力説していたこと、最初の取引までの経緯が早急で、右取引が大口であること及び被告会社における給与体系などに鑑みれば、右認定のとおり、訴外秋山らが原告に対し「相対力指数表を基に取引すればうまく行く。」「それくらいの損は直ぐに取り返せるかも知れない。」旨述べて勧誘したことをもつて、利益を生ずることが確実である旨の断定的判断を提供して勧誘したものと言えそうでもあるが、翻つて、前認定の、原告の社会生活上・経済活動上の経験・知識、特に、右勧誘に先立ち、被告会社と同業の訴外真下商事の外務員の勧誘を受けて、同社との間で本件と全く同種の商品先物取引を既に約二か月間に亘つて継続し、しかも、大口の取引を行なつて多額の損を出す結果となつていたこと(にも拘らず、右取引は本件取引終了後も継続された)、原告は自分なりの相場観を持つていたことなどに照らすと、原告はむしろ、自分の経験・知識・相場観に基づき、かつ、商品先物取引の危険性を充分知りつつなお、自分自身の自主的な判断に従つて本件取引関係に入つたものというべきであり、そうだとすれば、前記訴外秋山らの勧誘は原告との関係では必ずしも、利益を生ずることが確実である旨の断定的判断を提供してなしたものとまでは言えないといわざるをえず、ましてや、同人らの前記言辞が原告をして、利益を生ずることが確実であると誤解せしめる(法九四条一項一号)ものとは到底言い難い。したがつてまた、右勧誘が原告の無知、困窮に乗じたものとも、偽計を用いたものとも言えないし、強引・執拗になされたとか、虚偽の事実を告げてなされたとの事情も証拠もないのであるから、右勧誘は結局のところ、法九四条一項一号等に反するものではなく、また、その態様・方法等において、社会通念上商品取引における外務員らの行為として許容されうる範囲を逸脱したもの即ち、社会的相当性を欠く違法と言うこともできない。

三原告はさらに、被告会社は準則その他商品取引員として守るべき規則等に違反する行為をなした旨主張するので検討する。

まず、〈証拠〉によれば、全国商品取引所連合会制定の新規委託者保護管理協定に基づく被告会社制定の新規委託者保護管理規則には、被告会社としては、新規委託者からの売買委託については初めて行なう売買取引の日から三か月間は原則として二〇枚以内の建玉とする旨、新規委託者からこれを超える建玉の要請があつた場合は速やかに統括責任者の許可を得るものとする旨規定されているところ、新規委託者たる原告が最初の売買取引において二〇枚を超える建玉を委託したことは前記二5に認定したとおりであるが、〈証拠〉によれば、右委託についてはその直前、外務員訴外秋山の報告に基づき、横浜支店長訴外伊藤、本社営業副部長訴外中溝哲らの調査を介して、被告会社の統括責任者たる取締役営業部長訴外小倉啓満の許可を受けたことが認められるから、右委託は前記協定及び規則に反するものとは言えない。

次に、〈証拠〉によれば、準則九条には、商品取引員は委託証拠金の全部又は一部についてその預託の必要がなくなつたときは、右必要がなくなつた証拠金をその必要がなくなつた日から起算して六営業日以内に当該委託者に返還しなければならない旨、準則一五条四項には、商品取引員は売買取引による差益金についても売買の日から起算して六営業日以内に当該委託者に支払う旨規定されているところ、〈証拠〉によれば、商品取引員たる被告会社は委託者たる原告に対し、売買取引による差益金を現実には支払わずに証拠金(勘定)に振り替えたこと、原告はかかる取扱いを了解していること、本件取引は昭和五五年五月二六日終了したが、証拠金残金は同年六月一八日原告に返還されたこと、原告は右終了後も訴外伊藤の勧めもあり再取引を考慮していたことがそれぞれ認められ、原告本人尋問の結果中、原告は右残金を早く返してくれるよう再三催促したが被告会社はこれに応じなかつた旨の供述部分は前掲各証拠に照らし措信し難いのであるが、右各事実によれば、証拠金残金が再取引における委託証拠金等に振り替えられる可能性もあつたものと推認できるから、前記差益金の証拠金への振り替え及び証拠金残金返還の遅延が前記各規定の趣旨に直ちに違反するとは言えないところである。

また、前記二6に認定のとおり、被告会社が原告から最初の委託を受けた時点では委託証拠金が預託されておらず、一、二日後に預託されたことが認められ、これは準則七条一項、八条二項に反するものとは言えるが、右委託証拠金の担保としての性質及び右遅滞の程度からみて、違法とまで断ずることは困難である。

さらに、原告は被告会社から「限違い両建」を勧誘されて行なつた旨主張し、〈証拠〉によれば、右事実を認めることができるけれども、右「限違い両建」が実質的に無意味なもので単なる手数料かせぎでしかないとは必ずしも言えず(相場の変動が予期に反して計算上損勘定を生じた場合、手仕舞いをして損金額を確定させて現実に右債務を支払うことを避け、その後の相場の変動状況に沿つて両方の建玉を個々に最良の条件で仕切ろうとする時に行なわれる手法の一つである〔〈証拠〉参照〕。)、右勧誘に際し訴外秋山らが原告に対し、右両建が損失回復の有効な手段であるなどことさらに誤解させるような言動を示したことを窺わしめる事情も証拠もないから(〈証拠〉中には、右両建に際し訴外秋山が原告に対し「絶対大丈夫だからまかせてくれ。」と言つた旨の記載部分が存するが、右部分は、原告本人尋問の結果中の、右勧誘時の状況に関する供述部分と対比して措信し難いし、却つて、右供述部分及び弁論の全趣旨によれば、原告は右両建の意義を理解していたことが窺われる。)、右「限違い両建」及びその勧誘が社会的相当性を欠く違法なものと断ずることはできない。

最後に、原告は被告会社が「向い玉」を行なつた旨主張し、〈証拠〉によれば、被告会社は本件取引における原告の建玉に対応して「向い玉」を行なつていることが認められるのであるが、「向い玉」が法九四条一項四号及び取引所定款等により禁止されている趣旨は、商品取引員が向い玉を建てた場合、顧客と商品取引員の利害が相反することになる点にあると解されるところ、前記認定の向い玉に際し、被告会社がことさら顧客を操縦し、顧客の損失を企図してこれをなすなど右利益相反となるべき状況は証拠上認められないから、右向い玉をもつて直ちに違法ということはできない。

その他、訴外秋山らないし被告会社が準則その他の規則等に違反する行為、さらには違法行為をなしたことを認めしむる事情も証拠もない。

なお、原告主張の被告会社の準則その他の規則等に違反する行為を仮に肯認しえたとしても、そして、これらが本件取引における勧誘から取引終了に至るまでの被告会社の一連の行為を全体として不法行為たらしめるものとしても、原告主張の損害が右不法行為と相当因果関係の範囲内のものであるかは主張自体明確でないことを付言する。

四以上の次第で、原告の主張する被告会社の不法行為責任を肯認することができないから、本訴請求は理由がないものとして棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官樋口直)

別紙売買一覧表〈省略〉

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